20時間前

第23話 運命のチェックが火を噴いた日。人生初の「差し押さえ」と、通帳に刻まれた140万円】

泥沼の離婚裁判の準備が進む中、弁護士さんからある事実を告げられました。

「凛々さん。以前、ご自身で家庭裁判所に行った時、『婚姻費用(別居中の生活費)』の請求にチェックを入れて申立をしていますよね? あれ、生きてますよ」

私はハッとしました。

離婚調停自体は、夫の暴言で話がまとまらず取り下げました。しかし、あの時「もらえるなら、もらいたいな」と、なんとなくつけたチェックだけは、法的にしっかりと効力を保っていたのです。

「凛々さんのケースなら、申立をした月に遡って、ざっくり150万円前後は請求できるはずです」

150万円……!?

耳を疑いました。

夜な夜なキッチンで「きなことすりごま」を水で練って空腹を凌いでいた私にとって、それはもはや天文学的な数字でした。

■ 逃げ得は許さない「差し押さえ」

弁護士さんの手によって法的手続きは粛々と進み、裁判所から出された判決は**「婚姻費用150万円の支払い命令」**。さらに、今後も月10万円を支払うよう命令が下りました。

もちろん、あの夫が素直に口座へ振り込んでくるはずがありません。

そこで弁護士さんが容赦なく発動したのが、法的強制力──**「差し押さえ」**です。

言い逃れも、暴言も通用しない。国家権力による強制的な回収。

手続きは進み、ある日、私の銀行残高が「ゼロ」だった口座に、信じられない数字が刻まれました。

成功報酬10万円を引かれた、最終的な振込額。

「1,400,000円」

通帳の記帳欄で、これほど大きな数字を見たのは人生で初めてでした。

ATMの前で手が震え、自分の鼓動が耳の奥でドクドクと鳴り響くのがわかるほどの、凄まじい衝撃でした。

■ 両親への恩返しと、自由への片道切符

140万円を前にして、私はすぐに考えました。

「このお金をどう使うのが、今の私にとって一番正しいのか」

導き出した答えは、自分一人のものにしないことでした。

「返せるようになったら絶対に返す」と意地を張り、毎月食費として3万円を借りていた日々。苦しい時に文句一つ言わず私と子供たちを支え、弁護士探しにも奔走してくれた両親へ、私は感謝を込めて70万円を手渡しました。

そして、私の手元に残ったのは、「70万円」。

全財産をはたいて中古車を買ったあの日、ゼロになった私の軍資金が、再び手元に戻ってきたのです。

人生で初めて「法律」という武器を使い、自らの手で勝ち取った勝利の証。

「これで、戦える」

通帳に刻まれたその数字は、単なるお金ではなく、私と子供たちが生きていくための「自由への片道切符」のように輝いて見えました──。