
介護職として働き始めたものの、手取りのお給料はギリギリ。
子供二人を抱えて生きていくには、やはり一生食いっぱぐれない「准看護師」の資格が絶対に必要でした。
そして、准看護師学校の学費をまかなうための「母子家庭の訓練給付金」をもらうには、夫との『離婚』が絶対条件。
自力での家庭裁判所(調停)で夫の暴言に打ち砕かれた私は、プロの弁護士という強力な味方を探し始めました。
■ 「救いの神」に見えたホームページ
すがるような思いでネットを検索し、見つけたのは、綺麗で優しそうな女性弁護士さんのホームページでした。
母に相談すると「ここに行ってみよう」と即座にゴーサイン。
二人で、祈るような思いで初回30分の無料相談へ向かいました。
私は、無料相談の席で再びあのノートを差し出しました。
毎日血を吐く思いで書き溜めた「モラハラ日記」です。
日記を読んだ女性弁護士さんの口から出たのは、以前の無料相談の時と全く同じ言葉でした。
「……食事に関する記述が多いですね。これでは法的に、慰謝料を取るのは難しいかと」
でも、彼女の対応は以前の弁護士とは全く違っていました。
HSPでコミュ障であり、辿々しくしか話せない私の恐怖と悲しみを、彼女は最後まで否定することなく、丁寧に聞いてくれたのです。
■ 「親権」という名の踏み絵
慰謝料は取れなくてもいい。とにかく離婚したい。
しかし、夫から突きつけられていた条件は、私にとって絶対に受け入れられないものでした。
「お前とは離婚してもいい。でも、親権は俺だ」
その事実を伝えると、先生は静かに、しかし力強く頷いてくれました。
「わかりました。戦いましょう」と。
■ 喜んだ着手金と、知らなかった未来
後日、弁護士事務所から見積書が届きました。
そこには「着手金数万円」の文字が。残りは、終わってからの成功報酬型でした。
極貧生活の私にとって、弁護士費用は何十万、何百万とかかるものだと怯えていたため、想像よりはるかに安い初期費用に、私と母は手を取り合って喜びました。
「これで、やっと前へ進めるね!」
「うん、やっとあの人から解放される!」
暗くて長いトンネルの先に、ようやく一条の光が見えた気がしたのです。
しかし。
当時の私と母は、まだ知る由もありませんでした。
この「着手金数万円」の契約が。
ここから先、私の精神を削りに削りまくる、地獄のような『3年間』に及ぶ泥沼の裁判の……ほんの序章に過ぎなかったということを──。