
翌年の春。保育園も無事に決まり、私は「介護職」としてついに病院の病棟に足を踏み入れました。
やる気は満々。ポケットには新品のメモ帳。
「心を入れ替えて、人の役に立つんだ!」
そんなピュアな情熱を胸に働き始めた私でしたが……社会から長く隔離されていた「極限のドケチ専業主婦」の常識は、医療の現場では完全に浮きまくっていました。
■ 節水という名の「大罪」
まずは、基本中の基本である手洗い。
ふと横を見ると、先輩たちがみんな、水を勢いよく出しっぱなしにして手を洗っていました。
「……もったいない!!」
モラハラ夫に生活費を削られ、1円単位でやりくりしていた私の「もったいない精神」が、ここで激しく暴走しました。
私は、隣の先輩介護士さんに向かって、正義感たっぷりに言い放ったのです。
「水、出しっぱなしで洗うの、もったいないですよね!!!」
……返ってきたのは、何とも言えない困惑の苦笑いでした。
今なら痛いほどわかります。ここは清潔第一の病院。石鹸のついた不潔な手で、洗っている途中に蛇口に触れるなんて「言語道断(大罪)」なのだということを。
■ マスクの「真の役割」を知らなかった日
さらに悲劇は続きます。花粉の季節、どうしてもくしゃみが止まらなくなった日のこと。
病院支給のマスクをつけて、私は堂々と働いていました。
(あ、やばい、大きなくしゃみが出る……!)
その瞬間、私の頭をよぎったのは「ここでくしゃみをしたら、せっかくのマスクが唾で汚れて臭くなる。捨てるなんてもったいない!」という、またしてもドケチな発想でした。
私は、瞬時にマスクをアゴまでガバッと外し。
病棟の廊下で、思い切り「ハックション!!」と素顔でくしゃみをぶちかましたのです。
スッキリして顔を上げると、通りかかった先輩介護士とバチっと目が合いました。
先輩は、汚物でも見るような目で無言で立ち去りました。
その後、ナースステーションから私のHSPセンサーが捉えたのは、こんなヒソヒソ声でした。
「ねえ、さっきの新人……マスク外してくしゃみしてたわよ。ヤバくない?」
「うわ、ありえない……」
がーーーん!!!!!
■ 私は、めげない。
浮いて当たり前。世間のルールも、病院の常識も、誰も一からなんて教えてくれない。
普通なら、HSPの繊細な私はトイレに駆け込んで泣いていたはずです。
でも、当時の私には、先輩たちのヒソヒソ話なんかよりも、何百倍も重い「使命」がありました。
「落ち込んでる暇はない! 子供を育てて、裁判費用も貯めなきゃいけないんだから!!」
夫の怒号とモラハラ地獄を耐え抜いてきた私の心は、驚異的な「絶望への鈍感力」を身につけていました。
どんなに常識知らずだと笑われても、ドン引きされても構わない。
私はここから、泥臭く、這いつくばってでも「医療現場での生き残り」を懸けた戦いを始めることになるのです──。