29日前

第1話:2センチが5センチに。鏡の中の絶望と、私が「ハサミ」を損切りした日

「努力は必ず報われる」

当時の私は、その言葉を呪いのように信じ、自分の時間と体力を【美容師】という市場に全ツッパしていた。

美容師2年目。

毎朝5時の始発に飛び乗り、深夜の終電まで居残る。

手は薬剤でボロボロ。

「努力だけは誰にも負けない」

それだけが、私の唯一の支えだった。

そして迎えた、待望の「カットモデル」実践。

「2センチだけ、整えてください😊」

モデルさんの優しいオーダーに、私の指先がリズムを刻む。

サクサク、サクサク……。

完璧なラインを引いている。

私はそんな「無心」の境地にいた。

だが。

ふと我に返って鏡を見た瞬間、心臓が止まりそうになりました。

予定の「2センチ」を遥かに超え、5センチ以上も短くなったモデルさんの後ろ姿。

床には、誰かの抜け殻のような、大量の髪の束。

「……あの、ちょっと、短くないですか?💦」

モデルさんの震える声が、私の「無心」という名の逃避を粉々に砕いた。

鏡越しにぶつかる、不安げな視線。

HSP(超敏感)な私は、彼女の失望を、肺の苦しさとしてダイレクトに受信してしまった。

「……終わった。」

始発から終電まで積み上げた2年間の自負が、ゴミ箱へ捨てられた。

私は「努力の方向」を、致命的に間違えていた。

震える手がハサミを落としそうになったその時、教育係のスタイリストが近づいてきた。

「……代わるわ。凛々は、後ろに下がってて。」

そこからは、ただの公開処刑だった。

プロの魔法のような修正(リタッチ)で、私のミスが削り取られていく。

でも、整えれば整えるほど、彼女の髪はさらに短く、短く。

私が約束した「2センチ」という防衛線から、もう何光年も遠い場所へ。

「私は、この場所に立っちゃいけない人間なんだ。」

この日、私はようやく気づいた。

「ここは、私の戦場じゃない」と。

翌日のチラシ配り、私は駅のホームへと向かった。

二度と戻らない、あの店を背にして。

美容師という、私の人生最大の【呪縛】を切り離した瞬間だった。