
「努力は必ず報われる」
当時の私は、その言葉を呪いのように信じ、自分の時間と体力を【美容師】という市場に全ツッパしていた。
美容師2年目。
毎朝5時の始発に飛び乗り、深夜の終電まで居残る。
手は薬剤でボロボロ。
「努力だけは誰にも負けない」
それだけが、私の唯一の支えだった。
そして迎えた、待望の「カットモデル」実践。
「2センチだけ、整えてください😊」
モデルさんの優しいオーダーに、私の指先がリズムを刻む。
サクサク、サクサク……。
完璧なラインを引いている。
私はそんな「無心」の境地にいた。
だが。
ふと我に返って鏡を見た瞬間、心臓が止まりそうになりました。
予定の「2センチ」を遥かに超え、5センチ以上も短くなったモデルさんの後ろ姿。
床には、誰かの抜け殻のような、大量の髪の束。
「……あの、ちょっと、短くないですか?💦」
モデルさんの震える声が、私の「無心」という名の逃避を粉々に砕いた。
鏡越しにぶつかる、不安げな視線。
HSP(超敏感)な私は、彼女の失望を、肺の苦しさとしてダイレクトに受信してしまった。
「……終わった。」
始発から終電まで積み上げた2年間の自負が、ゴミ箱へ捨てられた。
私は「努力の方向」を、致命的に間違えていた。
震える手がハサミを落としそうになったその時、教育係のスタイリストが近づいてきた。
「……代わるわ。凛々は、後ろに下がってて。」
そこからは、ただの公開処刑だった。
プロの魔法のような修正(リタッチ)で、私のミスが削り取られていく。
でも、整えれば整えるほど、彼女の髪はさらに短く、短く。
私が約束した「2センチ」という防衛線から、もう何光年も遠い場所へ。
「私は、この場所に立っちゃいけない人間なんだ。」
この日、私はようやく気づいた。
「ここは、私の戦場じゃない」と。
翌日のチラシ配り、私は駅のホームへと向かった。
二度と戻らない、あの店を背にして。
美容師という、私の人生最大の【呪縛】を切り離した瞬間だった。