
車は買った。銀行残高はゼロ。
次は、絶対に「仕事」を見つけなければなりません。
狙いを定めたのは、実家から至近距離にある病院でした。
求人票に輝く**「託児所あります」**の文字。
季節は10月。年度の途中で保育園の空きを見つけるなんて絶望的だった私には、それが「救いの神」に見えました。
翌年4月までの「繋ぎ」として、まずはここで生き残るしかない。
私は母に子供たちを預け、借り物のスーツと慣れないヒールに身を包み、いざ面接へと向かいました。
■ 氷点下の一撃と「絶望への鈍感力」
結果から言うと、面接はボロボロでした。
緊張で何をきかれても答えはしどろもどろ。
それでも、藁をもすがる思いで「あの、託児所を利用したいのですが……」と切り出すと、面接官から氷点下の一撃が飛んできました。
「誰でも預けられると思わないでくださいね」❄️
普通なら、ここで心が折れるはずです。
でも、モラハラ地獄を耐え抜いてきた当時の私は、驚異的な**「絶望への鈍感力」**を身につけていました。
「そっか! 空きさえ出ればラッキーってことね!✨」
頭の中で、勝手に超ポジティブな解釈へと変換していたのです。
■ 痛恨のドヤ顔と、泣きの1回
そして、面接の最後に必ず聞かれるあの質問。
「最後に、何か一言(質問)はありますか?」
この瞬間、私のHSP特有の気遣いがフル稼働してしまいました。
『早く終わらせて、この面接官の貴重な時間を返さなきゃ』
『余計なことを聞いて、これ以上お邪魔しちゃいけない』
相手の負担を1秒でも減らしたい。その一心で、私は最短・最速・堂々と答えました。
「いえ、特にありません!!(キリッ)」✌️
自分では、完璧な気遣いを見せたドヤ顔のつもりでした。
でも、面接官の冷ややかな目には、間違いなくこう映っていたはずです。
「……こいつ、やる気ゼロか?」
優しさと気遣いの方向性を完全に間違えた、切なすぎる一言。
こういう時は「死ぬ気で頑張ります!」とアピールする場なのだと知ったのは、ずっと後のことでした。
案の定、結果は不採用。
結局、4月まで自力で保育園を見つけることはできませんでした。
後がなくなった翌年の3月。
私は「もう一度、面接してください!」と同じ病院へ泣きの1回を入れ……
私は「介護職」として、再びその門を叩くことになるのです──。