
手元にあるのは、血の滲むような思いで貯めた100万円のみ。
子供二人を抱えて生きていくには、一瞬で底をつく心許ない軍資金です。
実家の天井を見上げながら、私は確信していました。
このまま普通のパートに出ても、ジリ貧になるのは目に見えている。
中途半端に辞めた美容師人生には、もう戻れません。
何も答えが出ないまま迎えた、翌日。
私は両親の前に座り、ボロボロの状態で決意を伝えました。
「離婚に向けて戦う」
「働く」
どれも、当時の私の状況からは無謀とも言える挑戦でした。
しかし私の決意を、母はすべて「受け入れる」という形で、背中を力強く押してくれたのです。
■ 「食費3万円」の重みと、未来への誓い
実家に身を寄せた私は、毎月両親から「3万円」を借り、そのお金をそのまま『食費』として母の手に渡していました。
「返さなくて良いよ」
母はそう言ってくれましたが、私は「返せるようになったら絶対に返す」と言い張りました。
大人一人と、子供二人。その食費、水道代、電気代。
たった3万円で足りるわけがないことくらい、私にも痛いほどわかっていました。
それでも母は、「足りない」と文句を言うこともなく、毎日子供たちと笑顔で遊んでくれました。
いつか必ず、自分の足で立ち上がって恩返しをする。
それが、私がこれからの人生をかけて返済していくべき、たった一つの『負債』なのだと――。
母の小さな背中を見つめながら、私は心に固く誓ったのです。